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時代に流されない。自然の力をひきだす、酒造り。
Kidoizumi_Sake Brewey

中編
蔵の歴史に人あり。杜氏の色がにじむ、酒造りの奥深さ。

Soul of Sake Brewery, Kidoizumi

後編  「旨き良き酒」を未来へとつなぐ、新 木戸泉物語。

蒸しに杜氏の色がでる


白々と夜が明け始める頃、巨大な木製の甑(こしき)から蒸気が立ちのぼり、蒸し米の匂いが蔵に立ちこめる。
杜氏として蔵をしきる5代目、木戸泉酒造の専務も務める荘司勇人氏は、湯気の立ちのぼり具合いを確認し、
蒸し時間を黒板に書き留めた。

変わらぬ蔵の味を再現するため、酒造りの工程に必要なデータは杜氏が代々受け継いでいる。が、4代目曰く
「酒の味には杜氏の色がでますよ。特に蒸しには」とのこと。
杜氏としての経験とセンス、性格やタイプの違いが微妙に酒の仕上がりに影響するという。

 蔵元としてこれまで4人の杜氏の色を知る4代目に、息子でもある勇人杜氏の色を訊ねると、
面と向かって言ったことはないとことわりつつ、
「うん、なかなかセンスの良い酒を造っていると思いますよ」
と、答えてくれた。


一方、酒造りの奥深さを日々実感しているという勇人杜氏曰く、
「その年の米のできを、理由にしてはいけないと思う。どれだけカバーして調整できるかが杜氏の腕。
ブドウのできが味に直接影響するワインの醸造法とは違って、古来から伝わる日本酒の醸造技術には、
それを補うだけの工程の複雑さと奥深さがあるんです。」

日本酒造りを担う一杜氏としての、誇りが見えた。


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勢いよく立ち上がる蒸気。静けさのたちこめる冷たい外気とは真逆に、蔵の中は熱い湯気で満ちている。

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大きな木製しゃもじで、一斉に米をきる。これもかなりの重労働だ。

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米粒を一粒たりとも無駄にしない。時間との勝負の中で丁寧に、大切に米をあつかう。

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適度な温度を確かめてから、全体にならす。米の布団のよう。

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米をきったあとに、麹菌をふりかける。このタイミングや量も、酒の仕上がりを左右するもののひとつ。

麹菌と酵母菌と乳酸菌、そして人の共創


麹菌が米のデンプンを糖化させ、できた糖を糧に酵母菌が発酵しアルコールを生む。乳酸菌は乳酸を生み、
雑菌を駆追して酵母菌が働きやすい環境に整える。

麹菌・酵母菌・乳酸菌の3つの菌、そして人の働きを最大現に活かす工夫が蔵にはある。

高温多湿、麹菌が好む環境にしつらえた4つの麹室を繋ぐ前室は、少しだけ、涼しい。
「一仕事を終えた米麹と蔵人たちを熱から解放し、一息つける室温と湿度に押さえてあります。」
高温山廃酛を確立した当時の技術顧問、故古川氏による人にも菌にも優しい設計だ。

早朝、蔵人たちは麹室に入り、おもむろに服を脱ぎ下着一丁姿に
年季の入った木戸泉の前掛けをキュっと絞めた。

麹室は室温34度、湿度65%。

3人の若き蔵人たちが、酒母に仕込む米麹造りに一斉にとりかかる。
無言のまま、無駄もスキもない見事な連携。

大きな床に盛られた蒸し米に手の甲を差し込み、ザックザックと固まりをほぐすように返してはならす。
筋肉が暖まり、うっすらと汗ばむ。
麹菌が米ひと粒ひと粒に均等にまみえるよう、向かい合わせで手のひらで優しくなでるように混ぜる。

定められた時間との勝負。
寸分違わぬ動きの繊細な日本酒造りの奥義に魅せられた。


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ピンと張りつめた熱気に満ちた麹室。米造りのほかに音はない。ただただ、米と対峙する。

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儀式のように、繊細に丁寧に手で混ぜあわされた米と麹菌。

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立派な麹米になるべく、静かに眠る。居心地のよいベッドで。

ブレない造りで蔵の味を守る


枯らし部屋とよばれる場所で一晩乾燥させ、麹菌がしっかり繁殖した米麹に、
蒸しあがったばかりの米をのせ、酒母造り用のタンクに仕込むと温めた仕込み水を注ぎ入れる。
木製の櫂を上下させながら手際よく混ぜ合わせる。長い温度計をタンクの四方に差し込み、計る。
目指す温度は55度。場所によって、温度に偏りはないか?杜氏の視線が厳しく光る。

一息置いて、午後からは、純粋培養をしながら代々受け継いできた生の乳酸菌※を添加、
同じく、自前で培養を続けてきた酵母※を加える。

朝夕の2回、撹拌を繰り返し状態を見る。
タンクの中では酵母が増殖し、発酵することでモコモコと白い泡が岩のように立ち上がる。
2週間ほどで、木戸泉の酒造りのモトとなる酒母が完成する。

酒母は大型の醪(もろみ)タンクに移され、いよいよ醪(もろみ)造りに入る。
米麹と仕込み水、蒸し米を投入し、長い櫂でかき混ぜる。
タンクの中で米の糖化とアルコール発酵が平行して進み、醪となる。この間、20~25日あまり。
3度に分けて仕込み水と蒸し米と麹米を投入するのが、いわゆる3段仕込み。
アルコール度数や糖度を計りながら、杜氏が頃合いを見極め、圧搾機でしぼり、酒と酒粕に分離されて
しぼりたての原酒が誕生する。
この後、銘柄によっては、濾過、火入れ、瓶詰めといった工程を経て、ようやく商品となる。

菌という生き物を相手にする醸造は実にデリケートな仕事だ。
50年以上、木戸泉は同じ手法で酒造りに向き合っている。


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寝かせて麹菌の力を蓄えた麹米。巧みに使いこなされた布の形も美しい。

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蒸し上がったばかりの米と麹米をあわせる。

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熱気を帯びた米と麹米が酒母タンクの上で踊る。高温山廃モト仕込みの瞬間。

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酒の母、つまり酒のもととなる、『酒母』の発酵具合を確かめる。杜氏の眼差しが、厳しい。

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酒は発酵の段階で、色々な泡の名称がある。これは『岩泡』岩のように泡がたつことを表している。

先代杜氏に学んだ「基本の大切さ」

大学で醸造学を学んだ後、東京の酒販店で修行した後、蔵に入り、
先代杜氏のもとで酒造りの経験を積んだ5代目・勇人杜氏。

「教えられたのは、とにかく基本の大切さでした」

凍てつく寒さの中の洗米。麹用の米を、木製の洗い桶を使って一斉にリズミカルに洗う。
こぼれた米はすかさず掃き寄せ拾う。掛米は洗米機を使い、詰った米は刷毛で丁寧にかき出す。
掃いて、また掃いて、落ちた米を集めて洗い、戻す。

一粒たりとも米を無駄にしない。

蒸した米を甑から布ごと吊るして放冷機に移す。
布にこびりついた米は木ヘラでこそげるように落す。カリカリカリ、
手早く、丁寧に、一粒の取り残しもなくこそげる。

米麹造りに使用した麻布は、甑の下の湯釜の熱湯で予洗いしたのち、水で洗う。
蒸し米用の大きな布は業務用の大洗濯機で洗い軒一面に干す。

一日の作業を終えると、蔵の床に残り湯を放ち、綺麗に洗い流す。

「酒造りは準備と始末が8割。それが次の仕事に活かされます。」

蔵の中は清潔に保たれ、余計な雑菌を入り込ませない管理が必要。
気のゆるみが、想定外の結果を招いてしまう。
酒造りのレシピをデータとして譲り受けるだけでは守りきれない、酒造りに向かう気構えを
杜氏としてしっかり受け継いだ。



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凛とした表情と、機敏な動きが印象的な、杜氏。

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酒母造りのための米を洗う。真冬の、凍てつくような寒さの中、一斉に、リズミカルに。

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米を蒸した湯は無駄にはしない。木桶、布、道具を洗い、有効に使う。

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早朝の役目を終え、丁寧に洗い干された布。道具を敬い、大切につかう姿勢も、酒造りの基本なのだろう。

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ふっとした隙をみて、箒とちりとりで床におちた米を掃除する杜氏。酒造りの姿勢を、カラダで語っている。